2008年08月09日
8月9日は
今日はナガサキの人に対して黙祷を捧げる日ですが、
なんかオリンピックにかき消されちゃっていけませんね。^ー^;
思い出した人はどうぞご一緒に黙祷を。
…。
はい、黙祷終わり。
なんかオリンピックにかき消されちゃっていけませんね。^ー^;
思い出した人はどうぞご一緒に黙祷を。
…。
はい、黙祷終わり。
今日は、テニアンのチューロキャンプでお父さんが敗残兵に殺されたYさんに電話をしました。
(Yさんご自身は地上戦の前にテニアンから日本に引き揚げ)
「ロタからテニアンに引っ越して、テニアンでは沖縄の人にいじめられましたよ」
ホントですか!?
「だって、沖縄の人が7割だからね。僕が本土の人間だっていうんで。
遊ぶのは遊んでくれたけどね、この野郎、いじめやがってって思ってたよ(笑)」
そんな話、初めて聞きましたよ~。
私、沖縄の人ばかり取材してますから。
…面白いなぁ。
わがボス宜野座会長が、「テニアンでは沖縄人差別はなかったよ」って言うのは、
そういうことかもね。会長はパラオ中に進学するためにシマを離れましたから、
その当時のテニアン小学校の雰囲気とか、よくご存知なわけで。
今の子のいじめは陰湿だ、あんないじめは昔はなかったってよく言うけどさ、
昔は「片親」「貧乏」のほかに、沖縄とか朝鮮とか出身地によるいじめもあったし、
大人になってからだって公然と差別する人はいたわけで。
どっちのほうが性質が悪いか、民度が低いかなって思う。
そもそも、出身地がどことか、自分の努力ではどうしようもない問題じゃん。
それで子どもの時はいじめ、大人になってからも差別ってどうなの。
そこ、あんましつっこんでる人いないけどさ。
そして、Yさんは専習学校のお兄さんたちに、よく遊んでもらったそうです。
当時、16-17だったお兄さんたちは、近所の子どもをかわいがってたみたいで、
近所の子どもたちと一緒に写ってる写真が残っています。
軍隊式の教育が良いとは決して思わないけど、良い面も確かにあっただろうな。
(Yさんご自身は地上戦の前にテニアンから日本に引き揚げ)
「ロタからテニアンに引っ越して、テニアンでは沖縄の人にいじめられましたよ」
ホントですか!?
「だって、沖縄の人が7割だからね。僕が本土の人間だっていうんで。
遊ぶのは遊んでくれたけどね、この野郎、いじめやがってって思ってたよ(笑)」
そんな話、初めて聞きましたよ~。
私、沖縄の人ばかり取材してますから。
…面白いなぁ。
わがボス宜野座会長が、「テニアンでは沖縄人差別はなかったよ」って言うのは、
そういうことかもね。会長はパラオ中に進学するためにシマを離れましたから、
その当時のテニアン小学校の雰囲気とか、よくご存知なわけで。
今の子のいじめは陰湿だ、あんないじめは昔はなかったってよく言うけどさ、
昔は「片親」「貧乏」のほかに、沖縄とか朝鮮とか出身地によるいじめもあったし、
大人になってからだって公然と差別する人はいたわけで。
どっちのほうが性質が悪いか、民度が低いかなって思う。
そもそも、出身地がどことか、自分の努力ではどうしようもない問題じゃん。
それで子どもの時はいじめ、大人になってからも差別ってどうなの。
そこ、あんましつっこんでる人いないけどさ。
そして、Yさんは専習学校のお兄さんたちに、よく遊んでもらったそうです。
当時、16-17だったお兄さんたちは、近所の子どもをかわいがってたみたいで、
近所の子どもたちと一緒に写ってる写真が残っています。
軍隊式の教育が良いとは決して思わないけど、良い面も確かにあっただろうな。
Posted by いのうえちず。 at 22:03
│日常
この記事へのコメント
オリンピックには全く関心がないのですが(笑)
慌ただしくしていましたので、今黙祷しました。
差別の件、興味深く思います。
「沖縄の人」に注目した場合、確かに出てきづらい事柄のようですし。
『カウントダウン・ヒロシマ』、
トリニティ実験のところまで読みましたが、すでにおぞましい。
プルトニウム精製に携わった女性科学者が初来日し、広島を訪れたニュースがあったのは、とてもタイムリーに思われます。
イギリスのジャーナリストが日本人に取材して記した
『ナガサキの郵便配達』という本を2月に読みました。
国レベルの動きと個人の動きが同時進行で記され、
原爆投下の瞬間で1つになる、という構成がとても印象に残っています。
『カウントダウン・ヒロシマ』は日本とアメリカ両方の立場から記される分、さらに新たな発見がありそうです。
「原爆投下によって多くの人命が救われた」という発想に、ちょっと近づくことができるのかも。
…いや、それは完全に肯定しちゃならんのですが。
慌ただしくしていましたので、今黙祷しました。
差別の件、興味深く思います。
「沖縄の人」に注目した場合、確かに出てきづらい事柄のようですし。
『カウントダウン・ヒロシマ』、
トリニティ実験のところまで読みましたが、すでにおぞましい。
プルトニウム精製に携わった女性科学者が初来日し、広島を訪れたニュースがあったのは、とてもタイムリーに思われます。
イギリスのジャーナリストが日本人に取材して記した
『ナガサキの郵便配達』という本を2月に読みました。
国レベルの動きと個人の動きが同時進行で記され、
原爆投下の瞬間で1つになる、という構成がとても印象に残っています。
『カウントダウン・ヒロシマ』は日本とアメリカ両方の立場から記される分、さらに新たな発見がありそうです。
「原爆投下によって多くの人命が救われた」という発想に、ちょっと近づくことができるのかも。
…いや、それは完全に肯定しちゃならんのですが。
Posted by Kawaiea at 2008年08月10日 00:38
そうそう、それだよ~。
国家の思惑と、一人ひとりの悲しみ。
後者に着目すると、情にうったえる平和運動なり平和教育なりになるが、
それだけではエモーショナルに過ぎる気がする。
そして、人の感情なんて、時間がたてば変わることも多い。
一人ひとりの悲しみは消えない、癒されないものだとしても、
それを見聞きする受け手側の感情は、
その時の世論にも左右されるものだ。
一方で、国家の思惑とか動きを知ることも、
とっても大事だと思うんですよ。
国家の思惑と、一人ひとりの悲しみ。
後者に着目すると、情にうったえる平和運動なり平和教育なりになるが、
それだけではエモーショナルに過ぎる気がする。
そして、人の感情なんて、時間がたてば変わることも多い。
一人ひとりの悲しみは消えない、癒されないものだとしても、
それを見聞きする受け手側の感情は、
その時の世論にも左右されるものだ。
一方で、国家の思惑とか動きを知ることも、
とっても大事だと思うんですよ。
Posted by ちず at 2008年08月10日 06:37
ナガサキの郵便配達かー。
読んでみようかな。
読んでみようかな。
Posted by ちず at 2008年08月10日 06:37