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文筆家もしくは、がちまやバカライター。座右の銘「愛と誠と肝心(ちむぐくる)」を小脇に抱え、人生街道をフルスロットルで驀進中。
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2008年04月29日

アメリカのチョコレートも食べているのに

沖縄で集団的戦闘の終結は6月23日といわれていますが、
アメリカが沖縄戦の終結宣言を出したのは、たしか7月2日。

日本の終戦記念日とされている8月15日までの間、
すでにアメリカに占領されている沖縄に、
特攻機が突っ込んでくることもたびたびあったそうです。


特攻機が来ることがありましたよ。
そんなのを見たらねぇ…
こっちはもう戦は終わったのにと思って…
こっちはもう、アメリカーのチョコレートも食べているのにから。


と、元・真和志村民のM先生がおっしゃってたのが印象的だった。

民間人収容キャンプでは、週1でチョコの配給もあったそうで。

なんだかなぁ。。。




Posted by いのうえちず。 at 01:25│Comments(3)TrackBack(0)沖縄

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この記事へのコメント
アメリカのチョコレートと言えば、
自分の母親は終戦時、あの厚木飛行場のごく近くに住んでいて、
実際、マッカーサーが乗ってきたB29も自分の目で見たというから立派な歴史の証人。
おそらく当時の日本で、最も早くチョコレートを口にした子供の一人だと思われる。
終戦直後、町を通りがかった黒人兵がジープから降りてきて、
遠巻きにした子供に向かって、
チョコレートを取り出し、「お前らも食ってみろ」とジェスチャーしたそうな。
仕方なく恐る恐る口に入れてみると、
その余りのおいしさに涙がボロボロが出た。
「世の中にこんなに甘い食べ物があるのか!」という驚きと感動はいまだに忘れられないって。
それまでは、「アメちゃんの兵隊が来たら、
女子供はみんなさらわれる」とか聞かされてビクビクしていたのが、
その一口であっという間に「ウエルカム!」に変わったそうだ。
以来、厚木飛行場の倉庫に忍び込み、菓子類を盗んでくる子供が続出したそうで、
中には撃ち殺された子もいたらしい。
食い物が人間の行動や認識に与える影響って、すごいものだと思う。
Posted by Gおかべ at 2008年04月30日 12:48
追伸
 本土でチョコレートを食ったのは厚木や横浜の子供が早かったと思うが、
それよりずっと前から、沖縄では食べていたんだね。特攻機とチョコか・・・。
すさまじい組み合わせだね。
Posted by Gおかべ at 2008年04月30日 12:58
チョコの話は、なんか象徴的だなーといつも思うよ。
でも、特攻機とチョコが、同じ話の中に出てくるのは、
沖縄くらいかもねぇ。

…はっ。

テニアンで「たまに特攻機が来よったよ」って、Mタンメーも光子さんも言ってたわ!
ただ、チョコとの組み合わせでは語られていませんなぁ。
下から照明で照らされて、(っていうから夜間だな)その光の中を、
逃げる友軍機。みんな地上では「友軍が来たよ!」「がんばれ!」
って、応援していたそうです。
「でも、やがて攻撃されて墜落した」って。
Posted by ちず at 2008年05月01日 10:52