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文筆家もしくは、がちまやバカライター。座右の銘「愛と誠と肝心(ちむぐくる)」を小脇に抱え、人生街道をフルスロットルで驀進中。
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2008年01月14日

戦果アギヤーの話

こないだ、戦果をあげてたTさんに話を聞いた。

戦果をあげるというのは、二つ意味がある。
一つは、文字通り、戦闘で華々しい成果をあげること。
一つは、戦後の沖縄で、アメリカの物資をちょろまかしたり、横流ししたりすること。

Tさんの戦果は、後者だ。

とにかくモノがなかったという戦後。

Tさんは国民学校時代をポナペで過ごし、九州に命がけで疎開した。
それから沖縄に帰ってきたから、終戦直後の収容所は知らない。
Tさんの戦後は、インヌミヤードゥイから始まった。

熊本からの引き揚げ船は、久場崎ではなく、那覇軍港に着いた。
インヌミまで陸路で移動したそうだ。
台風で久場崎の港湾施設がやられて、一時、
引き揚げ船が那覇に着いてた時期があるって、
資料で読んだ気がする。そのタイミングだったのかな。
米軍の大きなトラックに揺られて、引揚者の収容所へ向かったTさん。
まだ小学生だった。

Tさんは、大きくなってから那覇軍港で働いた。
大きくなったといっても、小柄なTさん。多分、私より小さい。
「アメリカーはショーリーショーリーって言ってからよー」
Shortyか。誠小と一緒だね(笑)。

戦果アギヤー(戦果をあげる人)には、専門分野の棲み分けがあり、
ショーリーなTさんの専門は、小さくて、かさばらなくて、カネになるもの。
ペニシリンなんかが高く売れたそうです。

戦果アギヤーたちの行動は大胆。
例えば、物資満載の大型船が港につくでしょ。
すると、サバニで船の後部につけて、仲間が上から落とす物資を積んで逃げるんだって。

ある夜、気分転換に職場を離れて、海のほうへ向かったTさん。
ドボン、ドボンと不審な音がするから、船に近づいてみたら、
なにやら物資を落としている人たちがいた。
そこは心得たもので、見張り係の人がそっと近づいてきて、
ポケットにそっと札束を差し入れてくる。
「行っただけでカネもらえて、良かったよ~。
でも危ないから、二度と近づかんかった」
それが戦果アギヤーの流儀なのかな。

戦後の戦果については、他の南洋帰りの人たちからも聞いたことがある。

テニアンでは、くすねたり、もらったり、拾ったりした缶詰などを、
キャンプのゲートに入る前に、バラ線の向こうから投げるんだって。
ゲートにはセキュリティチェックがあって、武器・弾薬を持ち込まないか、
出入りのたびにチェックされるから、モノを持ち込むのは難しい。
そこで、ゲートに着く前の徒歩ルート上で、
壁代わりにグルグル巻きのまま広げられた有刺鉄線の向こうから、
キャンプの敷地内に投げ込むわけ。
大人たちが投げ込む缶詰や、いろんなモノを、拾いに行くのはこどもの役目だったって。

沖縄に帰ってきて、軍作業の仕事につくと、
特にメス・ホール(食堂)関係者はみんなに重宝されたそうです。
賞味期限の切れた、まだ食べられそうなものをもらって帰ったり、
時には倉庫からいろんな食材をちょろまかしたり。

でも、別に泥棒だっていう罪悪感も、そんなに感じなかったそうですよ。
生活に必要な行為だったし、むしろ痛快でもあっただろうね。
あっちは物資の豊富な戦勝国、こっちはみじめな生活だもんね。

建材を専門にする戦果アギヤーは、トラックに角材なんかを満載にして、
何気ない顔で、いかにも業務みたいな顔で大胆に運び出す。
それを売って、儲ける。

誰もがタフじゃなきゃ、生きていけない時代だったんだろうな。

そういえば、Mタンメーに密貿易の話を聞いたことがある。
「お袋に密貿易を勧められて困ったよ」
と、タンメー。
「で、どうしたんですか?」
「やらないさ!せっかくテニアンで命拾いしたのに!
お袋は『男のくせに、意気地がない』って言いよった」
…お母さん、たいがいやねぇ。^ー^;

戦後の話って、21世紀の今にはない、躍動感を感じる。なんでかね。


Posted by いのうえちず。 at 22:08│Comments(2)TrackBack(0)沖縄

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この記事へのコメント
そっかー
1960年代 薬と言えば島でも
ペニシリンだったわー
飲んだり 砕いて水に溶かして
塗り薬としたり・・・
ふむふむ 島では宝だったわー
ペニシリン
Posted by chojichoji at 2008年01月15日 07:57
兄さんの年代でもそういう記憶があるのね。
ふむふむ、なるほど。
って、よく考えたら、60年代で日本は様変わりしたわけで。
ま、ちずちゃんも60年代生まれですけど。
Posted by ちず at 2008年01月15日 09:36