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いのうえちず。
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文筆家もしくは、がちまやバカライター。座右の銘「愛と誠と肝心(ちむぐくる)」を小脇に抱え、人生街道をフルスロットルで驀進中。
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2006年09月18日

忘勿石 その3

陸軍中野学校というのは、諜報活動をする人材、
いわゆるスパイを養成する、とても特殊な学校でした。
なんで沖縄に、そんな学校を出た人が来たか。

まず、背景としてあるのは、「離島残置諜者」という存在。
小野田さんのことをご存知の方はお分かりかと思いますが、
敵の手に落ちた地域(この場合は離島)にとどまり、
現地の状況(要するに敵情ですね)を司令部に報告するという諜報活動が要る、と。
それをやるのが、離島残置諜者。
場合によっては、味方側が再上陸して、その島を奪還、なんて事態に備え、
敵方がどこにどのような装置や配備をしているという情報を取る必要がある、と。
他にも兵士がいるなら、遊撃戦をやることになるかもしれない。
ゲリラは無統率ではできませんから、誰か専門知識でもって仕切る人材が要る。

当然、戦時中は沖縄の島々に、民間人にまぎれる形で、
(ちょうど山下虎雄が青年学校の教員という形で赴任してきたように)
離島残置諜者が送り込まれました。
宮古島には食糧5年分を持参して乗り込んだ人たちがいたそうですよ。
戦後、隠していた食料は無くなっていたという話ですが。
誰が拾って食べたのやら。ぷっ。

で、中野学校の卒業生たちは、仕事の内容によっては、偽装をします。
偽名を使うなんてのは当たり前で、出身地から何から、
別人になりすまして、活動をするわけです。

前置きが長くなりましたが、『陸軍中野学校終戦秘史』にあった、
山下(偽名)の証言に基づく記述を要約すると…  
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Posted by いのうえちず。 at 16:06Comments(7)TrackBack(0)沖縄

2006年09月18日

忘勿石 その2

'03年の夏、戦争マラリアについて知るにつけ、
西表に行ったら絶対に忘勿石を見に行こうと決めていました。

道路から南風見の浜方面へ左折し、
しばらく進むと浜に出ます。
それから海に向かって、左のほうへずんずん進むと、
忘勿石があるのだす。
これがまた「ひえー、よくぞこんな場所にこんな立派な石碑を!」という岩場でねぇ。

ま、そりはさておき。

西表で、『忘勿石』という、忘勿石之碑保存会が発行した冊子を入手しました。  
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Posted by いのうえちず。 at 09:00Comments(2)TrackBack(0)沖縄